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①群馬県へ行って来ました-その1-(楫取素彦はノーマークだった編) [観光]

群馬県の北関東自動車道や関越道を通ると目につく群馬県庁、
今回は、その中に初めて入ることに・・・

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↑ 高さ153m、県庁としては日本一の高さを誇る新庁舎が見えます。







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↑ 右が昭和3年建設の昭和庁舎、そして、左が・・・

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↑ 高さ153mの新庁舎です。

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↑ 昭和庁舎では、こんな企画展が・・・

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↑ 見学することに・・・

展示室は撮影できませんが、県令さんは撮影できました。

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初代県令に扮していただいたのは、一緒に行った大子町議会議員の中郡さんです。

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↑ 内部の階段は重厚な作りです。

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群馬県庁の昭和庁舎です。

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↑ 正面玄関です。

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↑ この方が、群馬県初代県令楫取素彦さんです、

この本を読んであらためて、この方の素晴らしさに気づきました。

皆さんには、小田村伊之助といった方がわかりやすいと思いますが、
吉田松陰の妹、文がのちに再婚した相手です。

私は、17歳の時に高校の修学旅行で萩を訪れて以来、吉田松陰の大ファンなのですが、
この、楫取素彦さんはノーマークでした。

吉田松陰の考えの基礎には、学問は実践しなければ何の意味もない!
というものが、あります。
私も、ですから、実践すること、自分で動いてみることを信条にしてきました。

吉田松陰の思想には水戸学が大きく影響を与えていますから、その辺も共感できる部分だと思います。

さて、その小田村伊之助は、松下村塾や明倫館などで、塾生の指導にあたった方で、
吉田松陰も全幅の信頼を置いていました。

大きな変革の時代となり、名前を楫取素彦と改め、新政府による統治にも貢献しています。

群馬県は、旧幕臣が多く、そこを収めるのは大変なことだと思われました。
しかし、楫取素彦は、見事にそれを成し遂げ、さらに、群馬県の産業、文化を発展させたのです。

今回、富岡製糸場や群馬県庁を訪ねて、そのあたりを知ることができましたので、次記事以降でもお伝えしていきたいと思います。

②群馬県へ行って来ました-その2-(県庁の31階でお食事を編)へ続く・・・

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コメント 4

タケノコ

新庁舎は立派ですが、旧庁舎も大事に残されている(移築含め)県も多いですね。S玉のには、入ったことすらないです^^;

by タケノコ (2015-08-23 21:21) 

袋田の住職

タケノコ さん そういえば、S県庁は行ったことがありません。茨城県庁にも登ったことがありません。茨城は、114mです。
by 袋田の住職 (2015-08-24 09:06) 

OJJ

兵庫の初代県知事は伊藤博文です。県庁は低いですハイ!
by OJJ (2015-08-27 22:39) 

袋田の住職

OJJ さん 茨城県の初代県知事(参事)は山岡鉄舟です。県庁ですが、群馬には負けますがけっこう高いです。114mあります。茨城には他に高い建物はありません。エレベータ試験棟や煙突などの構造物なら200mを超えるものがあります。
by 袋田の住職 (2015-08-28 20:20) 

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