⑥ 永平寺参拝旅行へ行ってきました。(永平寺で坐禅を体験しました編) [坐禅]
11月6日(日)は、朝6時から月例坐禅会、永平寺へ行ってきた話で盛り上がりました。
そのあと、8時30分から大子町斎場で火葬前の読経、正午からセレモニーころふじで葬儀、
急いで移動して、大子町斎場で午後1時30分の火葬の供養を勤めました。
渋滞に巻き込まれず、何とか時間通りに勤めることができました。
そのあと、月居山に登り、月居観音堂の大掃除をしました。
坐禅会員で観光ボランティアの永瀬さんが手伝ってくれたので、とてもきれいになりました。
今日の記事は、いよいよ永平寺での研修の様子です。
その前に、昨夕5時30分に上がった袋田の花火をご覧ください、
ドーンという音がしたので慌ててスマホで撮影しました。
12日、19日にも同じ場所、同じ時間に花火が上がる予定です。
千里浜なぎさのドライブェイをバスで走り、尼御前で休憩し、永平寺へと向かいました。
お世話になっている総門前の土産物屋「てらぐち」さんにバスを停めさせてもらいました。
皆さんのご協力で予定より早く着いたので、ここでお土産を買う時間をたっぷりとりました。
買った土産物はそのままバスに詰め込めます。
↑ 永平寺の門前の通りです。
前回来た、2月17日は、雪で真っ白だった通りです。
光尚が1月の上山者事前研修と2月の上山の時お世話になった東喜家さんにお土産を持って挨拶へ行くと・・・
↑ 随行寺院である従兄弟がお土産を買いに来ました。
てらぐちは、うちの檀家さんが買い物をしていてんてこ舞いしていたので、こちらへ来たそうです。
たくさん買ったお土産を宅配便で送っていました。
東喜家さんは、このあと、宿泊施設の改装に入り、3月までお土産のみの営業になるようです。
予定した時刻に、集合し、総門を通って上山しました。
その際、参加者の皆さんには、「これから皆さんにも永平寺で修行をしていただきます。」
修行僧の説明は、一度しかありません。聴き逃すことが無いようにしっかり聞いてください。
理解できない時は、必ず、係の者に確認してください。」
くれぐれも、修行の妨げとならないよう、係の僧の指示に従って行動してください。
とお願いしました。
↑ 永平寺で一番格式の高い唐門です。ここで集合写真を撮りました。
総受処にいる光尚にも、せっかくなので写真に入ってもらいました。
↑ 2月の壮行会以来、8か月ぶりに会ったみなさんとお話が出来ました。
↑ 本山参拝団の日程です。
法話や坐禅もありますが、永平寺では、お風呂に入るのも、食事をするのも修行です。
↑ 薬石と呼ばれる夕食です。
修行僧が少なくなっているので、かなり簡略化されていました。
そのあとは、坐禅と法話の時間です。
記事のタイトルは坐禅を体験しました ですが、写真は有りません。
永平寺で坐禅を組んだことは、参拝団の皆さんにとって良い思い出となったことでしょう。
↑ 坐禅のあとの法話は、寿松木宏毅単頭老師でした。
実は、駒澤大学仏教研修館1年の時の4年生で、永平寺では、新到の時の書記和尚だった方です。
道元禅師の典座教訓から「他は是れ吾にあらず」という話でした。
光尚が部屋まで来てくれたので、随行寺院と記念撮影・・・
↑ 甥の常安寺副住職文雄師、光尚、そして、従弟で須賀川市永禄寺住職の古川裕信師です。
壮行諷経を手伝ってもらったメンバー、8か月ぶりの再会です。
上山の時は、顔が丸かった光尚ですが、12kgやせたそうで、修行僧らしくすっきりした体型になっていました。
↑ 朝の法話です。
このあと、暗い回廊の階段を法堂まで上り、朝課に随喜しました。
途中、振鈴が走っていくのを見ることができました。
朝課の時には、先代の龍泰院三八世出村英信大和尚の五十回忌、と
常安寺再興五世鈴木弘見大和尚の十三回忌報恩供養をしていただきました。
さらに、参拝団の先祖供養もしていただきました。
一人一人名前を読み上げていただき、皆さん感激してました。
↑ 小食(しょうじき)と呼ばれる朝食はお粥にごま塩、沢庵など、雲水と同じようなものでした。
ちなみに、雲水はお粥と沢庵とごま塩だけです。
↑ 光尚も通用門まで来て見送ってくれました。
↑ 永平寺に一泊し、坐禅を組んで、お経を読んで・・・
朝の光を浴びながら、すがすがしい気持ちで下山していきました。
光尚の修行はあと一年ほど続きますが、皆さんの励ましで、さらに修行に頑張ろうという気持ちになったそうです。
参拝団のみなさん、本当にありがとうございました。
今日は、駒澤大学が全日本伝で優勝しました。
これで、3年連続大学駅伝、日本一です。
今年度残すは、箱根駅伝、駒澤大学として初の三冠を目指します。
⑦ 永平寺参拝旅行へ行ってきました。(東尋坊と金沢編)へ続く・・・
そのあと、8時30分から大子町斎場で火葬前の読経、正午からセレモニーころふじで葬儀、
急いで移動して、大子町斎場で午後1時30分の火葬の供養を勤めました。
渋滞に巻き込まれず、何とか時間通りに勤めることができました。
そのあと、月居山に登り、月居観音堂の大掃除をしました。
坐禅会員で観光ボランティアの永瀬さんが手伝ってくれたので、とてもきれいになりました。
今日の記事は、いよいよ永平寺での研修の様子です。
その前に、昨夕5時30分に上がった袋田の花火をご覧ください、
ドーンという音がしたので慌ててスマホで撮影しました。
12日、19日にも同じ場所、同じ時間に花火が上がる予定です。
千里浜なぎさのドライブェイをバスで走り、尼御前で休憩し、永平寺へと向かいました。
お世話になっている総門前の土産物屋「てらぐち」さんにバスを停めさせてもらいました。
皆さんのご協力で予定より早く着いたので、ここでお土産を買う時間をたっぷりとりました。
買った土産物はそのままバスに詰め込めます。
↑ 永平寺の門前の通りです。
前回来た、2月17日は、雪で真っ白だった通りです。
光尚が1月の上山者事前研修と2月の上山の時お世話になった東喜家さんにお土産を持って挨拶へ行くと・・・
↑ 随行寺院である従兄弟がお土産を買いに来ました。
てらぐちは、うちの檀家さんが買い物をしていてんてこ舞いしていたので、こちらへ来たそうです。
たくさん買ったお土産を宅配便で送っていました。
東喜家さんは、このあと、宿泊施設の改装に入り、3月までお土産のみの営業になるようです。
予定した時刻に、集合し、総門を通って上山しました。
その際、参加者の皆さんには、「これから皆さんにも永平寺で修行をしていただきます。」
修行僧の説明は、一度しかありません。聴き逃すことが無いようにしっかり聞いてください。
理解できない時は、必ず、係の者に確認してください。」
くれぐれも、修行の妨げとならないよう、係の僧の指示に従って行動してください。
とお願いしました。
↑ 永平寺で一番格式の高い唐門です。ここで集合写真を撮りました。
総受処にいる光尚にも、せっかくなので写真に入ってもらいました。
↑ 2月の壮行会以来、8か月ぶりに会ったみなさんとお話が出来ました。
↑ 本山参拝団の日程です。
法話や坐禅もありますが、永平寺では、お風呂に入るのも、食事をするのも修行です。
↑ 薬石と呼ばれる夕食です。
修行僧が少なくなっているので、かなり簡略化されていました。
そのあとは、坐禅と法話の時間です。
記事のタイトルは坐禅を体験しました ですが、写真は有りません。
永平寺で坐禅を組んだことは、参拝団の皆さんにとって良い思い出となったことでしょう。
↑ 坐禅のあとの法話は、寿松木宏毅単頭老師でした。
実は、駒澤大学仏教研修館1年の時の4年生で、永平寺では、新到の時の書記和尚だった方です。
道元禅師の典座教訓から「他は是れ吾にあらず」という話でした。
光尚が部屋まで来てくれたので、随行寺院と記念撮影・・・
↑ 甥の常安寺副住職文雄師、光尚、そして、従弟で須賀川市永禄寺住職の古川裕信師です。
壮行諷経を手伝ってもらったメンバー、8か月ぶりの再会です。
上山の時は、顔が丸かった光尚ですが、12kgやせたそうで、修行僧らしくすっきりした体型になっていました。
↑ 朝の法話です。
このあと、暗い回廊の階段を法堂まで上り、朝課に随喜しました。
途中、振鈴が走っていくのを見ることができました。
朝課の時には、先代の龍泰院三八世出村英信大和尚の五十回忌、と
常安寺再興五世鈴木弘見大和尚の十三回忌報恩供養をしていただきました。
さらに、参拝団の先祖供養もしていただきました。
一人一人名前を読み上げていただき、皆さん感激してました。
↑ 小食(しょうじき)と呼ばれる朝食はお粥にごま塩、沢庵など、雲水と同じようなものでした。
ちなみに、雲水はお粥と沢庵とごま塩だけです。
↑ 光尚も通用門まで来て見送ってくれました。
↑ 永平寺に一泊し、坐禅を組んで、お経を読んで・・・
朝の光を浴びながら、すがすがしい気持ちで下山していきました。
光尚の修行はあと一年ほど続きますが、皆さんの励ましで、さらに修行に頑張ろうという気持ちになったそうです。
参拝団のみなさん、本当にありがとうございました。
今日は、駒澤大学が全日本伝で優勝しました。
これで、3年連続大学駅伝、日本一です。
今年度残すは、箱根駅伝、駒澤大学として初の三冠を目指します。
⑦ 永平寺参拝旅行へ行ってきました。(東尋坊と金沢編)へ続く・・・
2022-11-06 17:23
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