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②偕楽園をみんなで楽しむべし-その2-(偕楽園に来たら好文亭に登るべし編) [水戸]

偕楽園は、民とともに楽しむということで、徳川斉昭が造ったのですが・・・

もちろんあの斉昭のことですから、それだけではありません。

水戸城の防御力を高めるための戦略上の拠点として建てたのは明らかです。

水戸城は、北は那珂川、東は低湿地、南は広大な千波湖と天然の要害ですが、
ただ西からは台地がつながっていて、攻め手が押し寄せてきたら、守りづらい地形です。

そこで、いくつかの空堀を南北に掘って、防いだのですが、
さらに、偕楽園と好文亭を造って城域の西の防御拠点としたものと思われます。

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↑ 有料見学施設の好文亭です。

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①偕楽園をみんなで楽しむべし-その1-(偕楽園はここから入園すべし編) [水戸]

先月、水戸へ用事があって行った時、時間があったので偕楽園に行ってみました。

その時の記事です。

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↑ 偕楽園の北西側に正門はあります。

ほとんど人は、ここから入らず、東門や、千波湖の方から来る人ばかりです。

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水戸の千波湖周辺を散策しました [水戸]

祇園寺さまの法要のあと、千波湖付近を散策してみました。

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↑ 水戸市の南には千波湖が広がります。

クリックして、千波湖の回りを散策しましょう。


海洋の女神天妃尊と東皐心越禅師 [水戸]

9月30日は、毎年恒例となった水戸の祇園寺さまの開山忌でした。

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なんと、今年は随喜寺院を代表して私が導師を勤めることになりました。

クリックして、続きをご覧ください・・・


③永平寺東京別院で焼香師を-・・・その3-(小石川後楽園編) [水戸]

永平寺東京別院で焼香師を勤めてきた時の記事の第三回です。

よく、東京ドーム何個分と言って、土地の大きさを表現しますが、
その東京ドームを含めて、小石川後楽園一帯は、広い広い水戸藩上屋敷の中にありました。

坪数は101,831坪、御三家の中でも一番広く、10万坪を超えるのは加賀藩と水戸藩だけです。
水戸藩にはその他に、駒込の中屋敷(現東大農学部)、向島の下屋敷(現墨田公園)もありましたから、
幕府の中でも別格の待遇だったことがわかります。

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↑ それでは、西門より中に入りましょう


クリックして、後楽園の中に入りましょう。


祇園寺東皐忌と永井政之先生の講演 [水戸]

9月最後の日は、さわやかな秋空が広がりました。
朝の気温は11℃台、日中もさわやかに晴れました。

久しぶりに、滝まで散歩しました。

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↑ 秋色に変わりつつある滝川沿いの道です。

9月30日午前10時より、毎年恒期の祇園寺御開山東皐心越禅師の法要が行われました。


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水戸の祇園寺さまの開山忌のお手伝いに・・・ [水戸]

9月29日~30日は、忙しく移動して仕事をしてました。

29日の午後1時半から久慈地区保護司会の定例研修会、
そのあと、水戸のウエストヒルズに移動して、梅花講長会、
引き続き、特派師範歓迎会、そのあと二次会・・・

30日は、水戸の祇園寺さんの開山忌なので、そのまま宿泊しました。

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↑ 宿泊したホテルウエストヒルズ水戸です。

水戸の一番の繁華街大工町に国道50号線を挟んで隣接しているので、二次会への移動が楽です。
酔っぱらっても帰れます。

クリックして、続きをご覧ください。


この人がいなかったら明治維新は20年は遅れただろう・・・ [水戸]

30日から今日まで3日連続で水戸近辺での葬儀が続きます。
実家は袋田ですが、後継者が水戸周辺にいるので、出張葬儀となっております。

常陸太田市の市営斎場で葬儀を勤めた後、水戸市のジャクセン県庁前ゲストハウスへ移動する途中、
水戸藩士で彰孝館総裁も務めた会沢正志斎のお墓をお参りしましてきました。

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↑ 水戸市千波の日蓮宗本法寺です。
この辺りは、学校や自動車関係の販売店などが多く、住宅やアパートが立ち並ぶその一角にあります。

クリックして、会沢正志斎のお墓をお参りください。


③ 祇園寺開祖東皐心越禅師と光圀 その3 (七弦琴を日本に伝えた心越禅師編) [水戸]

心越禅師の東皐忌にちなんだ記事の最終回です。

記念講演の第二部は、坂田進一先生による古琴「七弦琴」の解説と演奏でした。

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↑ 坂田先生の登場です。

心越禅師は、日本に渡ってくるとき、七弦琴を10面も持ってきたそうです。


クリックして、七弦琴の演奏の様子をごらんください。


② 祇園寺開祖東皐心越禅師と光圀 その2 (日本篆刻の祖としての心越禅師編) [水戸]

昨日の台風ですが、山に囲まれた大子は雨も風もそれほどひどいことにはなりませんでした。

雨は50mm程度だったでしょうか?

雨が降って地下水に余裕が出たので池の水を抜いて高圧洗浄機で掃除しました。

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↑ 飲料水用の井戸と池用の井戸から水を入れ続けついに満水になりました。

午前中は池掃除の他、落ち葉や木の枝の後片付けで大変でした。

うちの裏庭は滝組に水を流していることから、「龍門庭」と名付けました。

実は、昨日の記事の祇園寺さんにも「龍門庭」があります。

クリックして、祇園寺さんの「龍門庭」と心越禅師の書をご覧ください。