清流「久慈川」の流れを眺めながら・・・ [冠婚葬祭]
今朝、関東南部では積雪があり交通機関や通勤の足に影響があったようですが、
当地では積雪は見られませんでした。
↑ 一条付近の山並みは、日曜日の未明に降った雪が残っています。
さて、人生って川の流れのようですね。
山に降った雨や雪は、谷あいにしみだし、流れて行きます。
その小さな流れが合わさって、やがては大きな流れとなります。
↑ 常陸大宮市舟生付近を流れる久慈川です。
↑ 岩井橋からみた上流側です。
この日は、ここにヤマセミがいました。
↑ 岩井橋の下流です。
江戸時代、山方宿は産物の集積地で、ここに川舟用の河岸(かし)がありました。
大変良質の水がでたので「岩井」と呼ばれました。
ここで作られる慶長8年創業の清酒「久慈の山」は山方の銘酒です。
人生も川の流れのようで、激流もあればゆったりと流れるところもあります。
そして、いつか海に流れ込むのですが、それがいつなのか、
その先がどうなっているか、流れている時にはわからないものです。
弔問や葬儀の時、遺族にかける言葉として、
「ご愁傷様です。」「お悔やみ申し上げます。」
というのがありますが、これは日本人が生み出した智慧の一つです。
遺族、親族は、大切な人を失った時、
「あの時、ああすればよかった。」
「これをしておけばよかった。」
と悔やむものです。
弔問や葬儀の時に、何気なく遺族に対して発した言葉が、遺族を苦しめることがあります。
「もし、あの時あなたがこうしていれば、死なずにすんだかもしれない。」
と、もし、親族や故人の友人に言われたら、遺族はますます自分を責めてしまいます。
ですから、遺族の心を刺激しないように
「ご愁傷様」とか「お悔やみ申し上げます。」
という言葉があるのです。
自分が悔やんでいる気持ちを伝えるのは良いですが、遺族の行動を評価するような
「ああしておけば、こうしておけば、良かったね。」というような言葉は避けるべきでしょう。
よくみられるのは、故人の子供や兄弟が、感情が高ぶるあまり、実家のお嫁さんや兄弟を責めてしまうことです。
(もちろん、その反対もあります。)
その心のわだかまりが後々まで尾を引き、家族や親戚がバラバラになってしまう原因となることがあります。
昔は、葬儀の時、近所の方がずっと当家にいましたので、
そういう場面では、お年寄りが「それは、すんだことだから、それ以上は言わないでおきな・・・」
とか、「もうその辺にしておいたら・・・。」といっていさめたものです。
フーテンの寅さんが、「それを、言っちゃ~おしめぇだ。」
と表現した、言っていいことと悪いことの境目を、日本人はわきまえてたのですが、
最近はそうした文化が無くなって来ていて、葬儀を境に兄弟仲が悪くなる、
親子仲が悪くなるということが増えてきました。
遺産相続でもめるとか言いますが、実は、お金のことよりもその時の何気ない言葉が、その原因になるのではないかと思います。
誰にも話せない、話してはならない心のうちの言葉があったら、それを聴いてくれるのが神様や仏さまです。
私も、菩提寺の住職として、今まで、そうした遺族の思いを受け止めてきました。
それを言っちゃおしまいだけど、誰かに聴いて欲しいという時は、お寺を訪ねてみてください。
そのための菩提寺です。
当地では積雪は見られませんでした。
↑ 一条付近の山並みは、日曜日の未明に降った雪が残っています。
さて、人生って川の流れのようですね。
山に降った雨や雪は、谷あいにしみだし、流れて行きます。
その小さな流れが合わさって、やがては大きな流れとなります。
↑ 常陸大宮市舟生付近を流れる久慈川です。
↑ 岩井橋からみた上流側です。
この日は、ここにヤマセミがいました。
↑ 岩井橋の下流です。
江戸時代、山方宿は産物の集積地で、ここに川舟用の河岸(かし)がありました。
大変良質の水がでたので「岩井」と呼ばれました。
ここで作られる慶長8年創業の清酒「久慈の山」は山方の銘酒です。
人生も川の流れのようで、激流もあればゆったりと流れるところもあります。
そして、いつか海に流れ込むのですが、それがいつなのか、
その先がどうなっているか、流れている時にはわからないものです。
弔問や葬儀の時、遺族にかける言葉として、
「ご愁傷様です。」「お悔やみ申し上げます。」
というのがありますが、これは日本人が生み出した智慧の一つです。
遺族、親族は、大切な人を失った時、
「あの時、ああすればよかった。」
「これをしておけばよかった。」
と悔やむものです。
弔問や葬儀の時に、何気なく遺族に対して発した言葉が、遺族を苦しめることがあります。
「もし、あの時あなたがこうしていれば、死なずにすんだかもしれない。」
と、もし、親族や故人の友人に言われたら、遺族はますます自分を責めてしまいます。
ですから、遺族の心を刺激しないように
「ご愁傷様」とか「お悔やみ申し上げます。」
という言葉があるのです。
自分が悔やんでいる気持ちを伝えるのは良いですが、遺族の行動を評価するような
「ああしておけば、こうしておけば、良かったね。」というような言葉は避けるべきでしょう。
よくみられるのは、故人の子供や兄弟が、感情が高ぶるあまり、実家のお嫁さんや兄弟を責めてしまうことです。
(もちろん、その反対もあります。)
その心のわだかまりが後々まで尾を引き、家族や親戚がバラバラになってしまう原因となることがあります。
昔は、葬儀の時、近所の方がずっと当家にいましたので、
そういう場面では、お年寄りが「それは、すんだことだから、それ以上は言わないでおきな・・・」
とか、「もうその辺にしておいたら・・・。」といっていさめたものです。
フーテンの寅さんが、「それを、言っちゃ~おしめぇだ。」
と表現した、言っていいことと悪いことの境目を、日本人はわきまえてたのですが、
最近はそうした文化が無くなって来ていて、葬儀を境に兄弟仲が悪くなる、
親子仲が悪くなるということが増えてきました。
遺産相続でもめるとか言いますが、実は、お金のことよりもその時の何気ない言葉が、その原因になるのではないかと思います。
誰にも話せない、話してはならない心のうちの言葉があったら、それを聴いてくれるのが神様や仏さまです。
私も、菩提寺の住職として、今まで、そうした遺族の思いを受け止めてきました。
それを言っちゃおしまいだけど、誰かに聴いて欲しいという時は、お寺を訪ねてみてください。
そのための菩提寺です。
2012-01-24 13:21
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こちらは軽く5センチは積もりました。
あっという間に積もりました。
最近は公人が、家族内で話すような些細な事を公の場で発言するのを見かけます。
Twitterなどを眺めていると、真面目なモノから個人の呟きまで一覧になってるわけですよね。それがTwitterなので悪いとは言いません。私もよく呟きますし。
だから尚更、時と場合をわきまえて言葉を選ばないといけないと感じます。
by ゴーパ1号 (2012-01-24 14:07)
良いお話を伺いました。
大切な人が逝ってしまうのは、本当に辛い事です。
その辛い気持ちが身近な人を傷つけてしまう一言になってしまわぬよう心配りをしたいものです。
お姉様、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
by カンクリ (2012-01-24 14:39)
有難い言葉を知りました
舞台で皆さんに 教えたいと思います
南無〜
by 甘味 (2012-01-24 15:40)
積雪は地形によって異なりますね。寒くても雪が余り降らないようですね。
by Silvermac (2012-01-24 17:53)
最近兄を亡くしました。発病以来10月兄の妻を助けて兄弟がかよいました。
つやの夜「お義姉さん、兄のためにありがとうございました、十分なことができなくてすみませんお義姉さんにこころから感謝しています」たったこれだけがいえてほっとしました。
その後は妻の怒りの時期3月ぐらいかな
悲しみの時期3月ぐらいかな
あきらめのとき(ここが大変)
希望を見つけてくれれうと思いますが孫の受験やいろいろと大変は重なります。
デーケン先生の死の臨床から。
by ミッチー (2012-01-24 18:09)
心して肝に銘じたいと思います。
舟生からも岩井橋からも、
久慈川は日本一美しい清流ですね。
by nidaira (2012-01-24 19:25)
コチラ東京の多摩地区は久し振りに交通が麻痺しました。
何故、危険だとわかっているのにスノータイヤ、もしくは滑り止めを装着せずに凍りついた道路に車を走らせようとする人が多いのか理解できません。。。
前記事と合わせたコメントで申し訳ございませんが、大変に勉強になります。
自分は18年前に7歳違いの弟(享年17歳)を急性心不全で突然亡くしています。
未だにあの時こうしておけば、こうしてやりたかったという思いは霞むことなく続いています。
また、突然の事で家族はおろか親戚一同がパニックでした。
何時、何が起こるかわからない世の中なので最低限の準備は大事ですね。
by レイリー (2012-01-24 21:01)
谷の形に合わせて流れていくと、いつか大河になって、
そして最後は大洋になるのですね。
by manamana (2012-01-24 22:07)
昨年、立て続けに祖父母を亡くし、遺族として現場におりましたが、気遣いは大切ですね。
小さな段取り一つで大きなギクシャクになりました。
また、「それを言っちゃ…」は大変勉強になります。
整理しながら会話するよう心がけます。
by でぇごんAZ (2012-01-24 22:10)
本来の導師という言葉は、生きている人間のためにあるのではないかと思います。葬儀や法事のときに中心となる僧を導師というのは如何なものかと思っています(最近の葬儀や法事では、お経だけあげて法話をしない場合が多いので…)。
by 心如 (2012-01-24 22:34)
お早うございます。今日は、大子出の親戚の94歳の方の葬儀が水戸でありますので、今から大子まで姉たちを迎えに出ます。
舟生をゆっくり通り久慈川の流れを。
by ふふじ (2012-01-25 05:41)
何と言っていいのかわからないことは多く、思いが深いほど言葉も出ない。
決まった言葉はありがたいです。でも迷ったらお寺か。そうしましょう。
by 春分 (2012-01-25 07:33)
おはようございます。
父親が亡くなった時は悔やむことがありました。
気持ちの持ちよう、勉強になりました。
by 海を渡る (2012-01-25 07:50)
どう頑張っても、後悔は残るといいます。
ありのままでいいのでしょうね。
by たいへー (2012-01-25 07:51)
昔の人は人の心を傷つけない言葉を知ってましたが今の方々は
案外心に釘を刺す言葉を使ってしまう傾向がありますね。
お尋ね頂きナイス&コメント有難う、先ずはお礼まで。
篠山は風邪が流行ってます、お体に気を付けて下さいね。
私もその一人ですが。
by 吉之輔 (2012-01-25 13:54)
いい法話を聴かせて頂きました。合掌。
心身ともお疲れのことと存じます、どうぞご自愛下さいませ。
by 枝動 (2012-01-25 14:23)
ゴーパ1号 さん 簡単に発信できる世の中だからこそ発言は慎重にありたいものです。
カンクリ さん 感情を相手にぶつけてしまうと、いさかいになってしまうことがありますね。
甘味 さん 舞台で日本人が持っていた智慧をお客さんに伝えてください。
面白おかしい漫談にして・・・
Silvermac さん 山の雪は南向きはすぐ溶けますが、北向きはなかなか溶けません。
ミッチー さん 身内と言えど、感謝の言葉を口に出して言うのは大事ですね。
特に、こうした節目の時には・・・
nidairaさん 葬儀の時、施主家の兄貴が、弟たちに丁寧に接する場面を時々見かけますが、そういうことだったのかと改めて思いました。
男兄弟は、その連れ合いが絡むとめっこう難しくなります。
レイリー さん 私の父も心不全での急死だったので、本当に大変でした。
40年近くたった今も、思い出すと悔やむことばかりです。
manamana さん 谷川の水がやがては大河となるのですね。
でぇごんAZ さん 町内だとまたいろいろなしきたりがあるので大変ですね。
親戚からもいろいろ言われるし・・・
心如 さん その通りです。僧侶は人天の導師でなければなりません。
そして、亡くなった人を浄土へと導く師でもあります。
私は、通夜、寺参りなどの時をとらえて遺族や親族に法話をしています。
けっこう、通夜の時の法話に初めて接したという話を聞きますが、
他の僧侶は、通夜説教をしないのかとうがった見方をしまいます。
もちろん私は、法事の時、必ず法話をしてます。
ふふじ さん 長距離の移動、ご苦労様です。
水戸の葬儀はけっこう僧侶がきちんと仕切りますね。
春分 さん 傷心の遺族にかける言葉は見つからないというのが本当だと思います。ですから、あえて言葉はいらないのかなと思います。
私は、弔問に行くとき「ご愁傷さまです。」「お悔やみ申し上げます。」
「何かお手伝いできることがあったら、言ってください。」
といって、手伝うことがなければ、長居せずに失礼することにしています。
海を渡る さん 私も父に言ったことばを今でも後悔しています。
死んでしまったので、もうどうすることもできません。
たいへー さん すんでしまったことはしょうがないんですね。
しょうがないと思う気持ちも気持ちを整理していくうえでは大事ですね。
吉之輔 さん 今は思ったことをはっきり言うのが良いことだという考えが強いので、売り言葉に買い言葉で、相手を傷つけてしまうことがあります。
冷静でいることが大事ですね。
枝動 さん 大切な人を亡くした人への思いやりがあれば、言葉で相手を傷つけることはないと思います。
相手を思いやる心が大事だと思います。
by 袋田の住職 (2012-01-25 15:01)
本当に、胸にグサッとくることを平気で口にする人が、老若を問わず、増えてきました。心しないといけないことです。
一度口から出た言葉は、取り返しが効きません。言葉は慎重に発したいものです。
by okko (2012-01-25 15:42)
思いやる心と言葉を持ちたいものです。
by mochamama (2012-01-25 18:01)
ご住職様の今日のお言葉
>・・・いつか海に流れ込むのですが、それがいつなのか、
その先がどうなっているか、流れている時にはわからないものです。
に鴨長明の方丈記の「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず・・・」
を思い浮かべました。
「ご愁傷様です」「お悔み申し上げます」との言葉かけの意義を
知る事が出来ましたこと、お礼申し上げます。
by 青い鳥 (2012-01-25 18:54)
ご無沙汰しておりまして失礼いたしましたが
お姉さまのご不幸、心よりお悔やみ申し上げます。
ご住職の力強いお手伝いの担い手としてお勤めになった方だけに
ご住職のお悲しみも幾ばくかと察するに余りあります。
そして、お姉さまのご冥福をお祈りいたします。
by 弁慶 (2012-01-25 19:08)
okko さん その通りですね。
TVのドラマじゃないのですから、ずけずけものを言っては
家が崩壊してしまいます。
家庭を大事にしたいものです。
mochamama さん思いやりの心から愛語が生まれます。
青い鳥 さん ご愁傷さまというありきたりの言葉に秘められた
日本人の知恵というものに改めて気づきました。
弁慶さん 離れて暮らしても毎日母に電話をくれる実家思いの姉でした。
by 袋田の住職 (2012-01-25 20:55)
こんばんは。
人生って川の流れのよう・・・こころに沁みます。
by yakko (2012-01-25 21:18)
昔友人が、90歳過ぎのおばあ様をなくしたとき
近所の人に「長生きなさったからお祝いですね」と言われたそうです。
「私にとっては、大好きな人を亡くしたのだからお祝いなんかじゃない」
と怒っていました。
この言葉は私も以前、高齢者の葬儀の時に耳にしたことがありますが、
何気なく言った言葉も、人によっては傷つく言葉になることを知りました。
「ご愁傷様」とか「お悔やみ申し上げます」はそういうことを避けるための
先人の知恵でもあるのですね。
by きまじめさん (2012-01-25 23:15)
最近は菩提寺を持たない方が増えてしまいましたね。
でも、お寺とのつながりはとても大切なのだということを、義母を見ていてつくづく感じる今日この頃でございます。
by SUMAKO (2012-01-26 00:39)
昨日、姉たちと水戸への往復の道すがら
亡き美奈子様のご冥福をお祈り致しました。
拙い句ですが
夭折の 人の面影 冬の川
水戸での住職様は、願誓寺の方でした。
by ふふじ (2012-01-26 04:16)
本当に言葉の使い方には注意が大切です。最近は伴侶の方との別れ、一人住まい(お子様はおられても)になられる方が多いです。
by kazoo (2012-01-26 09:33)
yakko さん 人生を川に例えるとわかりやすいですね。
若いうちは急激に流れますが、流れて行くとやがてゆったりとした流れになります。
心のようです。
SUMAKO さん 菩提寺がないと思っている人が多いようですが、実は多くの人は菩提寺があります。
先日、満州から引き揚げる途中三人の兄弟を亡くした方が、うちのお寺に来てその兄弟の供養をしていきました。
亡くなった三人は、実家の菩提寺であるうちで供養しているので、今回も読経し、梅花流詠讃歌をお唱えし、ご供養申し上げました。
ですから、実家の菩提寺は都会に暮らす菩提寺が無いと思っている方にとっても、心の拠り所となるはずです。
ふふじ さん 何度も大子への往復ご苦労様です。
久慈川も岸辺の竹やぶや雑木を切り払ったので美しい流れが良く見えるようになりました。
全国氷瀑俳句大会の結果が大子の日刊紙に掲載されました。
うちのこうしょうの句が、小中学生の部1106句の中で、高点句第一位になっていてました。
ふふじさんも入選していたのですね。名前が掲載されてました。
きまじめさん 私も、友人から同じような話を聞きました。
友人の父は、
「長生きしたからお祝いだ」と言われ、悔し涙を流していたそうです。
母親との別れは、それが、生まれてすぐの事でも、80歳を過ぎて百歳の母親を送った時でも、悲しいことに変わりはありません。
「長生きしたね。お祝いのようなものだから、見送ってあげようね。」
と、慰めの言葉としてかける場面ならまだしも、
それが「お祝いだから」といって宴席を始める場面で使われたのなら、また違うと思いますが、
いずれにしても、相手の気持ち、使う場面を考え、空気を読めない人だと思われないような、適切な言葉をかけなければいけませんね。
それから、よく使ってしまう慰めの言葉に、
「あなたはまだいい方よ。」
子供を失った親に「もう一人作っておいてよかったね。」
という言葉をかけてしまう人がいますが、
亡くなったのは、かけがえのない一人の人間ですから、
他人と比べたり、他の子供を引き合いに出すのも不適切です。
あと、旦那さんを亡くした女性に、これからは「生きがいを見つけて楽しく生きようよ!」
などと話しかける人もいますが、弔問や葬儀のときでなく、本人の心の整理がついて、自分でそう思えるようになる頃に、かけてあげたら良いと思います。
それまでは、一緒に悲しみ、その心に寄り添ってあげることが一番です。
迷った時は、「ご愁傷様です。」「お悔やみ申し上げます。」とのべ、
相手が話すことを聞いてあげるだけでも良いのです。
そういう話しが、途切れたら、すっと座を離れる配慮も大事です。
kazoo さん 伴侶をなくし、一人で暮らしている人も多いですね。
特に当地では、若者が都会に出ている場合が多いので、
一人暮らしのお年寄りが多いです。
by 袋田の住職 (2012-01-26 14:48)
哀しみの席での言葉づかい、本当に心配りが必要ですね。
私も、その気でなくてもうっかり相手を傷つける事もあるかもしれません。
迷った時は、「ご愁傷様です。」「お悔やみ申し上げます。」
このお教えを心に刻みつけておきます。ありがとうございました。
by きまじめさん (2012-01-26 22:46)
きまじめさん 気のきいた相手を思いやる言葉はもちろん良いと思いますが、
相手の受け取り方次第で誤解されることもあります。
遺族は感情が高ぶっているのでその点も留意が必要ですね。
by 袋田の住職 (2012-01-27 08:03)