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令和の「恐るべし」の石が建てられました [防災!復興祈願]

10月15日(金) 早朝は曇ってましたが、8時頃からはよく晴れました。

昨日と今日の朝のウォーキングは久野瀬・南田気方面へ・・・

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↑ 久野瀬の国道118号線、令和元年台風19号の時は、ここが水没して泥だらけに

10月12日の夜から13日のお昼過ぎまで通行止めになりました。


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↑ 久野瀬諏訪神社の参道です。右に石碑が二つ並んでます。

左が、明治23年の「可恐(おそるべし)」の石碑、右が令和元年の記録として建てられた石碑です。

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↑ 令和元年の洪水は階段の7段目まで来ました。

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↑ 参考までに令和元年10月の台風直後に撮影した階段です。
くっきりと洪水の水位が残っています。

明治23年の石碑なんですが、今回、令和の水害石碑を建てた益子恭平さんによると、

階段が改修される前は土手の上に転がっていたそうです。

今回、令和の洪水石碑を建てるにあたり、明治の石碑も本来の高さに移動したそうです。

明治の石碑は、恭平さんの3代前の益子家当主が水害のあったその月に建てました。

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↑ 明治の石碑を建てた人は、その後、袋田村の第三代村長に就任した益子祐次氏です。

今回の石碑の撰文は、益子恭平さんと同級生、大子清流高校初代校長で、
郷土史家の野内正美先生です。

第6久慈川橋梁が流出したことも刻まれました。

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↑ 南田気側から見た久野瀬橋と諏訪神社の森です。

このあたりにも堤防が築かれるそうです。

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↑ 第6久慈川橋梁を水郡線の列車が渡っていきました。

彼岸を大きく過ぎても、暑い日や涼しい日があります。

やっと、衣の入れ替えを行いました。



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コメント 2

norisuke

そう台風19号では、久野瀬もだいぶ被害が出て大変でした。
それ以来台風シーズンになると、台風が発生するたびに、冷や冷や
です。今年は何とか大丈夫でしたね。やっと落ち着ける感じです。
だからn過去の記録はしっかりと後世にす耐えなくてはですね。
by norisuke (2021-10-15 16:56) 

袋田の住職

norisukeさん 明治時代の袋田には立派な方が大勢いました。
幕末に天狗党の拠点があり、高い教育が行われた影響かと思います。
この時代に珍しく、けっこう英語が堪能な人もいたようです。


by 袋田の住職 (2021-10-17 09:48) 

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